(1)当方、セクマイではありません。当事者の方を理解してあげたい気持ちもあるし、差別もしたくありません。ただ、なかなか会うこともないし、姿を見ることもも、見せることもない方をどうすれば理解できるのでしょうか。
(答)同性愛者の方、性同一性障害(GID)の方、全ての当時者が理解を求めている訳ではありません。当事者は、当たり前に生まれて、当たり前に自分を生きています。ですから、本来は、“理解”される世の中ではなく、当然にセクシャルマイノリティが存在する世の中であって欲しいと思っています。
また、同性愛者の方であれば、日常的には分からない事が多く、仮に分かった場合の反応を考えると、特にカミングアウトする必要はないわけで、そしてGIDの戸籍変更を終えた方の場合には、自分が「ありたかった姿」で社会的生活を送れている為、あえてカミングアウトする必要も無いと考えています。
いずれにせよ、理解をしてあげたいという気持ちは大切だと思いますが、セクシャルマイノリティという括りの理解の前に、身近にいる当事者一個人・その方自身について知ってあげることが大切だと思っています。
そうした気持ちや向き合い方が集うことで、セクシャルマイノリティへの理解にも繋がるのではないでしょうか。